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2015年3月28日土曜日

若者と年寄り

これから先、化石文明(過去の遺産)から、太陽文明(リアルタイム)へ移行する。

未来の自動車、未来の船、未来の飛行機の開発など、若者の仕事はたくさんある。

年寄りは、シンプルライフ、スローライフ、省エネ、創エネです。


無駄なエネルギーを使わない。単位時間当たりのエネルギー消費量を減らす。

ゴーヤの緑のカーテンで、省エネ、創エネをする。


年寄りのライフスタイルは小原庄助さんです。


無駄をせずに、ゆっくりと余生を楽しめばよい。



小原庄助さん

民謡会津磐梯山

『♪エンヤー 会津磐梯山は 宝の山よ 笹に黄金が エー またなりさがる 小原庄助さん なんで身上つぶした  朝寝 朝酒 朝湯が大好きで それで身上つぶした もっともだ もっともだ♪』


 会津でもっとも有名な人物といえば小原庄助さんではないでしょうか?『朝寝、朝湯が大好きで、それで身上つぶした。あ~もっともだぁ、もっともだ』の唄の文句を知らない人はいないでしょう。

  ところが、この庄助さん、一体どんな人だったかというと不思議なことに、実のところよくは分からないのです。もっとも有力な説として語られているのが、戊辰戦争で華々しく散った小原庄助なる人物。庄助さんは苗字帯刀を許された郷頭で髭をたくわえた豪傑。めっぽう酒が強く、大の風呂好き、ここ瀧の湯にも長逗留したという言い伝えが残されています。豪放磊落で明るく多くの人に愛されたイメージは、唄の文句にピッタリですが、酒で身上つぶしたという1点だけは、合いません。

  正義感に燃えた庄助さんは戊辰戦争に参戦、市街戦で唯一勝利を納めた材木町口の戦いで戦死、その名は今も石碑に刻まれています。この庄助さんゆかりの湯が、藩の共同浴場として親しまれてきた当館の湯なのです。

 湯を愛し、酒を愛した小原庄助さん、小言にこだわることなく、「利」に生きず「義」に生きる。そんな庄助さんのイメージは日本男子の憧れであることは間違いありません。ひょっとしたら東山の湯につかり、会津の美味しい酒に酔い、きれいどころをはべらした呑ん兵衛たちの心の中のヒーローが、三味の音と共に口をついてポッと飛び出した・・・・・・それが本音の庄助さんなのかもしれません。

青柳洋介

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